福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(ワ)479号 判決 1973年9月10日
原告
高木昇
被告
朝日火災海上保険株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一、五一〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年五月二三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として、
一 交通事故の発生
訴外衛藤英伍は、昭和四三年五月二二日午前五時二〇分頃大型貨物自動車を運転して大阪方面より九州方面に向け国道二号線を進行中、兵庫県相生市若狭野処屈の右国道上で、対向して来た訴外渡辺清辰運転の普通貨物自動車と正面衝突し、右大型貨物自動車に同乗していた原告に対し、右大腿骨々折等の重傷を負わせた。
二 被告の責任
本件大型貨物自動車の所有者は、訴外有限会社西工陸送であるところ、本件事故は訴外衛藤が同会社のため右自動車を運行の用に供している過程において惹起されたものであるから、右訴外会社は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条により、本件事故によつて原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があるが、被告は右訴外会社と、本件大型貨物自動車につき、自動車損害賠償責任保険契約を締結しているので、自賠法第一六条第一項により、原告が蒙つた後記損害のうち、保険金額の限度額金一、五一〇、〇〇〇円の支払義務がある。
三 原告の損害
(一) 治療費 金四〇七、六二六円
原告は、九州厚生年金病院で、前記傷害の治療を受け、その費用として金四〇七、六二六円を支払つた。
(二) 後遺症による損害 金三、〇〇〇、〇〇〇円
原告は、昭和四六年七月一三日右病院において治癒と診断されたが、自覚症状としては、右下肢関節運動の制限、左下肢から足背にかけての痺れ感、疼痛が、他覚症状としては、下肢長約二糎右短縮、右股関節、右膝関節に軽度の運動障害、右大腿下腿周経に軽度の筋萎縮、左腓骨神経麻痺、知覚障害、第一趾背屈力低下が、後遺症状として残つた。この後遺症は、自賠法施行令第二条の後遺症等級表によると一〇級に当り、その労働能力喪失率は一〇〇分の二七である。
ところで、労働省労働統計調査部の賃金構造基本統計調査「賃金センサス」によれば、昭和四四年度の全産業常用労働者男子一人当り平均一ケ年の給与額は、金七七〇、四〇〇円であるから、原告も本件事故による前記後遺症がなければ、少くとも右と同額の年間給与を得べきところ、右の割合の労働能力を喪失したゝめ、一年間金二〇八、〇〇八円の減収となる。
原告は、前記後遺症診断当時二三才であつたので、その就労可能年数は四〇年であり、その間における右年間減収額の現価額をホフマン式計算方法により求めると、金四、五〇一、九一七円となり、これが原告の労働能力減退による逸失利益である。
なお、原告は右後遺症のため将来に亘つて肉体的、精神的苦痛を受けるので、これに対する慰藉料は、金一、〇一〇、〇〇〇円が相当である。
以上原告の後遺症による損害は、合計金五、五一一、九一七円となるが、その内金三、〇〇〇、〇〇〇円を請求する。
(三) 慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円
原告は、本件事故による前記傷害のため、九州厚生年金病院に昭和四三年五月二九日から同年八月一二日までと、同年一二月一六日から昭和四五年一月一二日までの二回に亘り合計四三八日間入院し、また昭和四四年八月一三日から同年一二月一五日まで、および昭和四五年一月一三日から同年七月一三日まで通院して治療を受け、その間多大な肉体的、精神的苦痛を蒙つたので、これを慰藉するには、金三、〇〇〇、〇〇〇円が相当であるが、その内金五〇〇、〇〇〇円を請求する。
四 結論
よつて原告は被告に対し、前項の損害合計金三、九〇七、六二六円のうち、前記保険限度額金一、五一〇、〇〇〇円およびこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四三年五月二三日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めて本訴に及んだ。
と述べ、被告主張の時効の抗弁事実は否認する。仮に形式的に時効期間を経過したとしても、原告は時効期間内の昭和四三年一一月頃被告に対し、保険金請求の手続をしたところ、被告から、訴外渡辺からも保険金請求がなされているので、刑事々件の結果を待つて請求するようにと言われた。そこで原告は、右請求を保留し、刑事々件の終結と共に請求手続をしたところ、被告は時効を主張し始めたものであるから、右主張は信義則に反する無効なものである。と述べた。
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
一 請求原因一項のうち、大型貨物自動車を訴外衛藤英伍が運転し、原告がこれに同乗していたことは否認し、その余は認める。右自動車は原告が運転し、訴外衛藤がこれに同乗していたものである。
二 同二項のうち、本件大型貨物自動車が、訴外有限会社西工陸送の所有であること、および同会社と被告との間に、右自動車につき自賠法に基づく責任保険契約が結ばれていたことは認めるが、その余は争う。
三 同三項は否認する。
と述べ、抗弁として、仮に被告の原告に対する自賠法第一六条一項による支払義務が発生したとしても、昭和四七年六月八日の本訴提起のときは、本件事故発生の日である昭和四三年五月二二日から自賠法第一九条所定の二年の消滅時効期間を経過していたので、被告は本訴において右時効を援用する。と述べ、原告の信義則違反の再抗弁事実は否認すると述べた。〔証拠関係略〕
理由
一 争いのない事実
原告主張の日時、場所で、訴外有限会社西工陸送所有の大型貨物自動車と、訴外渡辺清辰運転の普通貨物自動車とが正面衝突し、原告がその主張の傷害を受けたこと、および、被告が有限会社西工陸送と自賠法に基づく責任保険契約を結んでいたことは、当事者間に争いがない。
二 原告の他人性について
自賠法第三条本文による運行供用者の責任は、「他人」の生命身体を害したときに生ずるから、本件事故において原告が他人に当るかどうか判断する。原告は、本件事故当時前記大型貨物自動車を運転していたのは、訴外衛藤英伍であり、原告は右自動車に同乗中本件事故が発生したと主張し、原告本人は、右主張に副う供述をしているけれども、それだけで右主張事実を認めるには十分でなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。かえつて〔証拠略〕を綜合すると、右側にハンドルのある本件大型貨物自動車は、訴外渡辺運転の普通貨物自動車と衝突後助手席を下にして左に横転し、大型貨物自動車に乗つていた原告と衛藤英伍(本件事故によつて死亡)両名のうち、衛藤が左側の路上に投げ出され、運転席のアクセルに原告の黒色皮短靴がはさまつていたことが認められるので、右認定の事実によると、他に客観的な反証のない限り、本件事故当時右大型貨物自動車を運転していたのは、原告であり、衛藤が助手席にいて車外に投げ出されたものと認めるのが相当である。原告本人は、本件事故当時靴を脱いで助手席で仮眠していたので、その靴を検察庁に持参したら、ガラスの破片が入つていた旨供述しているが、運転中はいていた靴が衝突のはずみに脱げ、その中にガラスの破片が入ることも考えられるので、右供述をもつて右の認定を覆えし、原告が本件大型貨物自動車を運転していなかつたものとすることはできない。
そして、〔証拠略〕によると、本件事故は西に進行中の大型貨物自動車が、中央線を越え、東進中の普通貨物自動車の進路に入つた地点で発生していることが認められるので、原告の運転上の過失が本件事故と因果関係に立つものと推定することができる。
以上の次第で、原告は自賠法第三条本文にいう「他人」に当らないものというべきであり、従つて本件大型貨物自動車の保有者たる訴外有限会社西工陸送は原告に対し、本件事故について右法条による損害賠償義務がないから、同会社と責任保険契約を締結している被告にも、同法第一六条第一項による保険金の支払義務がないこと、もちろんである。
三 結論
よつて、原告の被告に対する本訴請求は、時効および損害額の点につき判断するまでもなく理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森永龍彦)